妊娠中の安全確保― 明日からの外来で気をつけてほしいこと⑤

【② 母体の安全】

妊婦健診では、胎児管理ばかりでなく、もちろん母体管理も重要となる。妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの管理を行い、母体の安全に気を配っているが、この教育セミナーを共催している(有)青葉は、長年にわたり妊婦の腰痛対策に取り組んできているので、本項では腰痛原因のひとつと考えられる妊婦の重心変化について、我々のデータをご紹介する。

① 重心・ふらつきの妊娠期間中の変化 12)

妊婦は胎児の成長に伴って子宮が増大し、重心位置が変動する。その結果、抗重力筋の筋力低下等を認めることが知られている。妊娠期間中の重心・ふらつきの変化についての報告をまとめると、妊娠中期には前後方向、妊娠後期には左右方向の重心変動が見られることが報告されている。ただし、残念ながらこれらのデータは昔のものが多いため、我々は、現在の妊婦の重心変化について検討した。

対象は単胎妊婦189名である。(対照は非妊婦44名)アニマ社製グラビコーダGP-7を使用して、重心位置測定と重心動揺検査を行った。結果、非妊婦・妊娠初期と比べ、妊娠中後期には重心が後に位置していることが分かった(P<0.05)。開眼姿勢保持時のふらつきも、非妊婦と比べて妊娠後期では大きいことがわかった(P<0.01)(図4)。つまり、妊娠後期では、重心がより後ろに移動し、ふらつきが大きくなることが、定量的に示された。一般的に、子宮が大きくなると、重心が前に移動するような印象を受けるが、実際は後ろになる。これは増大子宮に対抗し、腰背部筋を使ってバランスをとっているためと考えられる。また、ふらつきが大きいと転倒しないように腰背部などの筋肉を使うことが予想される。腰背部筋の使用は、腰痛の発生に関連することが知られており、この重心移動、ふらつきの事象が腰痛の一因である可能性が示唆された。

図4 総軌跡長 ( 立位時のふらつきの大きさ[ 開眼])
図4 総軌跡長
( 立位時のふらつきの大きさ[開眼])

② 骨盤ベルト着用による重心・ふらつきの変化

(有)青葉のランチョンセミナーではこれまで、骨盤ベルトの有用性についていくつも報告されてきた。そこで、骨盤ベルトを使用すると、重心がどのように変化するか、特にお腹が大きくなる妊娠36週以降に絞って検討した。対象は、骨盤ベルト使用経験のない妊娠36週以降の妊婦10名である。骨盤ベルト有無での重心・ふらつきの違いを検討した。結果、重心の前後の変化[cm;後ろがマイナス]は、ベルト着用の有無でほとんど見られなかった(ベルトなし-2.06 vs ベルトあり-2.11,p=0.42)が、矩形面積で評価したふらつき[cm2]は、開眼時は10例中6例が、閉眼時は10例中9例が、ベルト着用によって減少していた。定量評価すると特に閉眼時で、有意にふらつきが減少していた(ベルトなし7.3 vs ベルトあり5.3, p<0.01)。この結果から、妊娠後期の骨盤ベルト着用は、ふらつきを減少させることが分かった。これは腰痛発症のリスク軽減に役立つかもしれない。

③ 切迫早産妊婦の重心・ふらつきの変化

重症な切迫早産症例では、長期安静臥床を強いられるため、筋力低下が起こり、その後の育児行動に支障を来すケースも知られている。したがって、長期安静臥床の際の筋力低下が重心変化・ふらつきに影響するか検討した。

妊娠28週から33週までの妊婦に対し、切迫早産で安静入院14日目と安静入院28日目に重心動揺検査を行った。結果として、有意な重心変化は確認できなかった。成人女性の下肢筋力は、姿勢バランスの維持に重要な因子ではないとの報告もあり13)、筋力の低下だけでは妊婦の重心・ふらつきに影響しないことが明らかになった。したがって、切迫早産妊婦の転倒は、重心・ふらつきの影響というよりはむしろ、下肢筋力低下が直接的な原因である可能性がある。今後、長期臥床妊婦の下肢筋力を測定し、適切なリハビリ整備を通して、切迫早産妊婦の転倒防止について、対策を講じていきたいと考えている。